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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)10号 判決

控訴人 原告 鈴木啓正

訴訟代理人 宮野養之助

被控訴人 被告 東京国税局長 渡辺喜久造

指定代理人 茨木保之

法務総裁 指定代理人 岩村弘雄 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。墨田税務署長の控訴人に対する昭和二十四年度所得税更正決定について、控訴人が審査請求をしたのに対し、被控訴人が昭和二十六年一月十八日に為した審査請求を棄却する旨の決定を取消す。訴訟費用は第一・二審とも、被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上並びに法律上の主張は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにその摘示を引用する。

理由

一、次の事実はいずれも当事者間に争いがない。すなわち、

(1)控訴人は鉄骨材を材料とする建築の請負業者なるところ、控訴人の昭和二十四年度所得税について、同年十二月二十七日墨田税務署長から、所得金額の決定通知を受けたのに対し、控訴人は昭和二十五年一月十九日確定申告書を提出して(昭和二十五年三月三十一日に改正となつた前の所得税法、すなわち旧所得税法第四六条参照)その更正を求めたので、同税務署長は所得金額を金二百七万千四百円、所得税額を金百三十七万六千八百二十円とする旨、同年四月三十日附をもつて所得金額等の更正処分を為し、同年五月二十三日控訴人にその旨通知したこと。

(2)しかし控訴人はその更正処分にも不服であつたので、翌二十四日同税務署長を経由して、被控訴人宛に審査請求書を提出したが(改正所得税法附則第一一項参照)被控訴人は昭和二十六年一月十八日原処分を相当とし、審査請求を棄却する旨決定して、控訴人にその旨通知したこと(改正所得税法第四九条第五項第二号参照)

(3)ところで控訴人は、被控訴人の為した前記審査請求棄却の決定は、旧所得税法第一〇条第二項にいわゆる「仕入品の原価」の解釈の誤解にもとずくものとして、不服を主張するもので、控訴人の計算によれば、

(A)  昭和二十四年度における控訴人の収入すべき金額(旧所得税法第一〇条第一項参照)

(イ) 売上収入 金四百八十四万四千八百八十円

(ロ) 半製品収入 金百十九万千三百二十六円

(未完成ビルに組立てられた鋼材で、すでに売却せられているもの)

合計金六百三万六千二百六円

(B)  同年度において控訴人が収入を得るために支出した必要経費(旧所得税法第一〇条第二項、第九条第一項第九号参照)

(イ) 材料費

(1)同年度に使用した従前から手持ちの鋼材百三十八屯九八一(半製品二十一屯を含む)の仕入品原価を屯当り金一万二千円と評価

金百六十六万七千七百七十二円

(2)同年度に新たに仕入れた鋼材費

金九万四千五百円

合計金百七十六万二千二百七十二円

(ロ) 副資材・消耗工具・工賃・その他の営業費

金三百五十九万二千二百九十一円

総計金五百三十五万四千五百六十三円

従つて旧所得税法第九条第一項第九号の規定による控訴人の昭和二十四年度事業所得は、右の総収入金額(前記(A)参照)から必要な総経費(前記(B)参照)を差引いた残額金六十八万千六百四十三円となるから、同年度の所得税額は、この金額から基礎控除の金一万五千円を差引いた残額金六十六万六千六百四十三円について、同法第一三条所定の税率によつて算出した金三十五万千七百九十円から、更に扶養控除の金千八百円を差引いた残額金三十四万九千九百九十円と算定せられること。

(4)これに対し被控訴人は、控訴人の手持ち鋼材百三十八屯九八一(前記(B)の(イ)の(1) 参照)の原価を、屯当り金二千円に見積り、合計金二十七万七千九百六十二円と計算したため、控訴人の計算するところと屯当り金一万円、合計金百三十八万九千八百十円の差額を生じ、それだけ必要経費が減少することとなるので、結局控訴人の事業所得は、控訴人の計算した前記金六十八万千六百四十三円に、右の差額金百三十八万九千八百十円を加算した合計金二百七万千四百五十三円になるものと計算し、これを課税基準額として、所得税額を算定した結果、前記墨田税務署長の為した更正処分を相当と認めたものなること。

二、以上の点については当事者間に争いがないので、結局この訴訟の争点は、控訴人が収入を得るために支出した必要な経費のうち、材料費に属する控訴人の手持ち鋼材一三八屯九八一(半製品二十一屯を含む)について、旧所得税法第一〇条第二項にいわゆる仕入品の原価を、いかに評価するかの点に帰することになる。

控訴人は「その鋼材は控訴人において昭和十九年頃屯当り三百円位で仕入れ、これを所持していたもので、昭和二十一年三月中財産税申告の際は、当時の統制価格屯当り二千円として申告し、その財産税を納付したものであるが、被控訴人はこの申告価格を、仕入品の原価と認定した。しかし控訴人は昭和二十四年度の鉄骨材の統制価格が屯当り金一万五千円であつたので、手持ち材料の点をも考慮し、屯当り金一万二千円で譲渡し、仕入品の原価も同額に評価した。何となれば、昭和二十一年三月当時屯当り金二千円であつた鉄骨鋼材が、昭和二十四年当時屯当り金一万二千円に騰貴したところで、そのために生じた差額は、貨幣価値の下落に伴う単なる名目上の利益に過ぎないから、この種の所得に課税するには、資産再評価法のような特別な法規を必要とすべく、若し一般の所得税を課することになれば、売上の八割以上が徴税せられるため、資本自体の回収が不能となり、再度の材料仕入れができなくなるから、旧所得税法第一〇条第二項にいわゆる仕入品の原価は、本件手持ち鋼材については、昭和二十四年度における仕入品の原価を指すものと解されなければならない」と主張する。

然し旧所得税法を通観すれば、同法が所得額の算定について、原価主義を採用していることが明かであるから、同法第一〇条第二項にいわゆる仕入品の原価についても、現実の取得原価を意味するものと解すべく、その物の価格が、その後に生じた貨幣価値の下落に伴つて騰貴したとしても、そのために当然に原価の変動を来たすものとは解し難い。殊に同法は仕入品の騰貴による差益自体を所得と見て、これを課税の対象とするものではなく、これを譲渡したときに得た差益に課税する建前をとつているから、控訴人が本件鉄骨鋼材を屯当り金一万二千円で譲渡したときに得た差額、すなわち実際の仕入原価が判明しないものとして、墨田税務署が財産税申告当時の価格により評価した屯当り金二千円(実際の仕入原価は控訴人主張の通り屯当り三百円位)と、控訴人の譲渡価格屯当り金一万二千円との差額金一万円が、同法第九条にいわゆる所得に該当するものと解すべきである。

もつとも旧所得税法第一〇条第二項にいわゆる仕入品の原価を右のように解釈するときは、往々にして、貨幣価値の下落に伴う商品価格の騰貴によつて生じたいわゆる名目上の所得に課税する結果を避け難いおそれもあると思われるが、その不都合を無くするには、資産再評価法の如き特段の立法措置を必要とすることになりしかも商品や原料資材等のように、原則として比較的短期間内に売買せられるものについて、再評価をしたところで、比較的再評価割合は僅少であろうし、課税技術の点からも極めて困難なことが予想せられるので、この種の物件が資産再評価法の適用を受けないことは、当然のことというべく、従つて旧所得税法第一〇条第二項にいわゆる仕入品の原価を評価するについても、資産再評価法の観念を容れる余地なきものといわなければならない。

そうだとすれば、控訴人の手持ち鋼材の原価を、昭和二十一年当時の価格である屯当り金二千円と算定した被控訴人の審査決定を相当とした原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 浜田潔夫 判事 河合清六 判事 仁井田秀穗)

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